「手」                                          2005.3.20

マタイによる福音書27:11-26hym16,136,138

 

私が中学生の頃に流行った、言葉の遊びがあります。実際にやってみたいと思います。今から合図をしますから、ヒラヤマ・ヒラヤマ・ヒラヤマと10回言ってみてください。と言っても、きょうは声には出さなくていいです。みんなで声に出してヒラヤマ・ヒラヤマと唱え出しますと、変わった新興宗教のようになってしまいますから、みなさん心の中で言ってみてください。「ヒラヤマ」を10回ですよ。いきます。せ-の。

「世界で一番高い山は何ですか?」。今ほとんどの方が心の中で「ヒマラヤ」と答えたと思います。違います。正解はエベレストです。ヒマラヤというのは、工ベレストを含む山脈の名称で、世界で一番高い山はエベレストです。しかし昨今はエベレストとは言わず、現地で実際に使われているチョモランマという名前で表されるようになっているようです。

「世界で一番」ということは、特別なこととして、ある種の名誉と賞賛をもってよく言われることです。例えば、世界で一番長いトンネル、世界で一番早い列車、世界で一番高いビルディング、世界で一番大きな動物園などという具合です。世界で一番という記録を集めた、ギネスブックという本まであるくらいです。

そんなことから考ますと、きょうの説教題は世界で一番短い説教題です。説教題「手」、一文字で一音ですから、これより短いものは無いと確信しています。

私は礼拝説教の原稿を、昔からワープロで作っています。手書きよりもワープロの方が、文章の訂正や移動、同じ表現の繰り返しなどの時に、とても便利だからです。

私たちの世代の牧師たちは、ワープロやパソコンで礼拝説教の原稿を作る人が多いようです。ほとんどがそうだと言ってもいいかもしれません。それだけワープロやパソコンが、日常的な機械・道具となっているということでもあるでしょう。

しかしそのために、大きな失敗をしたという話もよく聞きます。ある人は、土曜日の深夜までかかって説教原稿を書き上げたそうです。あとは最終的な見直しをしてプリントアウト(印刷)するだけです。そこでホッと安心して、ついウトウトと机の前で寝てしまったのです。数時間後、ふと目が覚めると、目の前のワープロの画面は真っ白で、さっき自分が書いたはずの説教はどこかへ行ってしまっているのです。つい寝てしまった数時間の間に停電があり、苦労してつくった原稿は消えてしまっていたのでした。彼は再ぴ、朝までワープロに向かうこととなりました。

またある人は、深夜までかかって説教をつくり、疲れていたのでそのままプリントアウトせずに寝てしまったのだそうです。翌朝、つくった説教をプリントしようと思ったところ、プリンターが壊れていて、仕方なく講壇ヘワープロを持っていき、コードをつないでワープロの画面を見ながら説教をしたそうです。

私も先週、牧師になって初めて、説教ができあがった瞬間に全部が消えてしまうという経験をしました。保存をしていないのに、別の文書を呼び出してしまったのです。最初からやり直しです。説教はもっと大切に扱うべきという教訓だと受け止めることにしました。

以前は、週報を作るにしても、鉄筆でガリ板をきって、一枚一枚手作業で印刷していた頃がありました。印刷機械の発達と共に、だんだんと手作業はなくなり、ワープロで原稿を作り、コピー機や印刷機を使うのが当たり前になってきました。いろいろな面で、機械の導人によって人の手がかからなくなり、その便利さは、時間の短縮や出来上がりの美しさをもたらしました。しかしそのために、いざ機械が故障すると、私たちはとてもあわてなければなりません。

一文字一文字、一慎重に文字を書く代わりに、今はワープロのキーボードを雑に叩いています。いつでも修正がきくからです。一枚一枚インクをつけたローラーを動かし、インクを渇かすために紙を広げて並べなくても、今はコピー機や印刷機があります。それはそれでとても便利で良いのですが、印刷に限らず機械化が進み手作業がなくなることによって、私たちに与えられている「手」の持つ能力が減退していくのではないかという不安もあります。

「手加減」という言葉があります。「手を使って動作をする時の力の人れ具合や動かし方」を意味する言葉です。今や、ほとんどの分野で、人には手加減の必要がなくなっています。すべて機械が加減してくれるからです。そのせいで、人の手からは微妙な感覚が無くなり、おおざっぱな動作しかできなくなっていくのではないか、そんな不安を少し感じています。

数年前、佐藤忠良さんという彫刻家のお話を聞く機会がありました。彼は、高村光太郎賞・毎日芸衛賞。芸衛選奨文部大臣賞・中原悌二郎賞などを受賞。パリ国立ロダン美術館と、ニューヨークとロンドンのウィルデンスタイン画廊で個展を開いているのだそうです。ところが、そんなことを聞かされても、それがすごいことなのか何なのか、私にはさっぱりわかりませんでした。およそ美術や芸術とはかけ離れた所で生きているからでしょう。お話を聞きに行ったのも、ただ単に佐藤忠良さんと交遊のある友人に誘われたからで、それまでは「佐藤忠良」という人自体を知りませんでした。

とにかく楽しいお話で、彫刻家にしておくのは借しいくらいでした。その佐藤忠良さんが、こんなことを言っていました。「彫刻の勉強をしていた頃、とても貧しい頃、生活を切り詰めて彫刻写真の本を買った。彫刻家にとっては手が命。だから何とかしてその彫刻にさわりたかったので、そこに出ている彫刻をただ見るだけでなく、その写真の裏側まで見た。実際に手でさわることができないので、目でさわった」。「自分にとっては触覚が一番大切。とにかく手の感覚を大切にしている。彫刻を造る時、言うならば、手ですべてを見ている」。

教会では、使徒信条というものを用いています。その使徒信条を声に出す時、私たちはポンテオ・ピラトという名前を口にすることになります。最初に世界一の話をしましたが、この人も、ある意味において、世界一なのかもしれません。ポンテオ・ピラトはAD26年に第5代目の総督としてユダヤに赴任し、それから10年間に渡ってユダヤを治めました。

このピラトにっいて、アグリッパという人が書いた当時の手紙にはこうあります。「彼の性格は強情であり無情に冷徹であった」。彼の統治下のユダヤでは「賄賂、暴行、強盗、弾圧、軽蔑、絶え間ない判決なしの処刑、留まるところを知らない耐え難い残虐行為」が支配していた。

ピラトは総督としてユダヤに赴任した直後、たちまちユダヤ人に対して乱暴な行為をあらわにしました。それまでは、すなわちピラト以前は、ローマの軍隊もユダヤ人の宗教的な感情を考慮して二、ユダヤ教の神殿のあるエルサレムに入る時には、征服と支配のしるしであるローマ軍の旗などを持って行くことを控えていました。ところがピラトは、自分の軍隊に旗を持たせてエルサレムに入らせたのです。ユダヤ人たちはすぐにピラトのいるカイザリアヘ押しかけ、聖なる町エルサレムからローマ軍の旗を取り除いてほしいと願いました。彼らは5日間総督ピラトの邸宅の前に立ち、願い続けました。するとピラトはユダヤ人たちに対し、首を切って死刑にすると宣告し、6日目に群衆を競馬場に連れて行き、兵隊に命じて刀をもって彼らを取り囲ませました。ピラトは自分の力を見せっけ、人々に脅威を与えることを狙っていたのです。ところがユダヤ人たちはそれにひるまず、ピラトの律法に対する冒涜行為を受け入れるくらいなら、首を切られたほうがましだと叫んだのです。ピラトは仕方なく、エルサレムからローマ軍の旗を取り除きました。

またピラトは、用水路を建設するために、ユダヤ教の神殿のお金を使い込みました。人々はピラトが神聖なお金に手をつけたことを知ると、怒り、声をあげて文句を言いました。しかしピラトは、あらかじめユダヤ人たちの中に白分の兵隊たちをもぐりこませていて、梶棒で群衆を情け容赦なくめった打ちにし、多くの者が死亡するはめになりました。

このような残虐非道な面を持つピラトですが、聖書の中ではイエスを赦そうとしています。しかしピラトが、イエスという、彼にとっては取るに足りない一人の男を、法律と人間性に照らし合わせて死刑にすることをためらったとは思えません。またユダヤ人たちの「イエスを殺せ」という声を恐れたとも思えません。

それならば、なぜイエスを赦そうとしたのか?それはピラトの根本にあった、反ユダヤ的な姿勢のためだったと思われます。彼はユダヤ人を嫌い、あらゆる機会にユダヤ人たちに嫌悪感を感じさせようとしました。ピラトは、支配下のユダヤ人たちの気に入ることは、どんなことでも、それをしようとはしませんでした。すなわち、ユダヤ人に嫌われることばかりしようとしたのです。だから、イエスを死刑にせよという要求がユダヤ人たちからあった時、ピラトははじめからユダヤ人に逆らう態度に出たのです。

ルカ福音書によると、ユダヤ人の指導者たちがイエスを告発する理由は次の3つです。@イェスは国民をまどわしている。Aイェスは税金を皇帝に納めることを禁じている。Bイエスは自分こそ王であると言っている。

1つ目の「イエスは国民をまどわしている」という理由は、その言葉通りには当てはまりません。なぜなら、イエスの活動はまったく政治的な性格を持っていなかったからです。

ただ、当時の律法絶対の社会において、イエスが律法からの白由を唱えたことが、ユダヤ教の指導者たちには目障りだったということです。イエスは律法を守ることだけが、そのまま神による正しさにっながるのではないと言いました。それは、律法によってユダヤ社会を支配し、廿い汁を吸っていた指導者たちにとって、自分たちの立場を危うくする発言だったのです。

2つ目の「イエスは税金を皇帝に納めることを禁じている」という理由は、まったくのでっちあげです。.ユダヤ人たちの中には、自分たちを支配しているローマに対して、納税を拒否するように呼びかけたグループがありましたが、イエスは彼らの立場とは明確に距離をとっていました。マタイ22:17以下には次のようにあります。ファリサイ派の人々がイエスを陥れようとして言います。「『ところで、どうお思いでしょうか、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか。適っていないでしょうか』。イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。『偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。税金に納めるお金を見せなさい』。彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、イエスは、『これは、だれの肖像と銘か』と言われた。彼らは、『皇帝のものです』と言った。すると、イエスは言われた。『では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい』」。

3つ目の「イエスは自分こそ王であると言っている」という理由も、イエスの言葉じりをとらえたものでしかありません。確かにイエスは「ユダヤ人の王である」と言っています。しかしそれはこの世的な国家の王であるという意味ではまったくありません。ヨハネ福音書18:36で、イエスはピラトからの問いかけに答えてこう言っています。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない」。

イエスの国は神による真理の国であり、それは権力や法律によって成り立っているこの世の国とは違い、信仰によって導き入れられる神の国であるということです。

しかしユダヤ教の指導者たちにとっては、イエスは邪魔者でした。彼らは、白分たちの欲のために、民衆を煽動し、イエスを死刑にしようとします。そしてそのために、ピラトを利用するのです。

ところがピラトには、イエスの罪を見出だすことができません。そこで群衆に向かって言うのです。「ピラトは、『いったいどんな悪事を働いたというのか』と言ったが、群衆はますます激しく、『十字架につけろ』と叫び続けた。ピラトは、それ以上言っても無駄なばかりか、かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って言った。『この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ』」。

そしてイエスは、十字架にっけられるために、群衆に引き渡されたのです。

ピラトは、何の罪も見出だせないのに、騒動を防ぐためにイエスを引き渡します。一度はイエスを赦そうとしながら、群衆の抵抗に手がつけられないから、イエスの死刑を許可します。そして自分には何の罪も責任もないことを表すために、人々の前で手を洗って見せたのです。

ピラトにとってのわずらわしい1日は終わりました。彼は自分の経歴に傷をつけずに済み、総督としての立場を守り、民衆の期待に応える結果を与え、そのためにイエスを死に引き渡しました。

AD36年、ピラトは、サマリヤ人に対して行った残虐行為によって、総督の座から失脚しローマヘ帰ります。

彼のそれ以後の消息は不明です。しかしいくつかの資料は、彼がある異常な死に方をしたこと、すなわち、自殺か変死か処刑によって死んだことを示唆しているようです。

政治の世界で、権力に固執し、時にはその権力を乱用し、権力を守るためにイエスを裁いた男は、その「イエスを裁いた男」として、世界中にポンテオ・ピラトという名を残しました。世界中の教会で、使徒信条の中で、「イエスを苦しめた男」として繰り返し繰り返しその名を呼ばれるという意味では、世界一でしょう。

ピラトの手は、イエスの命を死へと引き渡しました。そうしておきながら、彼は民衆の前で、自分には何の罪も責任もないことを表すために、手を洗うというパフォーマンスまで見せます。

ピラトの手を洗うという行為は、イエスとの関わりから手を切るということでした。自分の立場や権力を守るために、ユダヤ人たちの要求に手を打つということでした。ピラトはイエスと出会い、イエスに少なからぬ感情の動きを見せながら、結果的にはイヱスを拒絶し、さしのべられていたかもしれない神の手をふりはらったのです。

ユダヤの民衆の手は、まずイエスを捕らえ、縛るために使われました。そしてイエスをピラトの前に引き出し、彼らの手は、最後にはイエスを十字架につけるために使われたのです。

イエスはいつも、その手をさしのべていました。神の言葉を伝え、救いを与え、信仰の道に導くために、イェスは手を広げて待っていたのです。しかしユダヤ人たちは、その手を握ろうとしませんでした。イエスと手をつなごうとしなかったのです。

私たちの手は…。私たちの手はどのような動きをしているのでしょうか。いつもイエスに向けて手をさしだしているでしょうか。

イェスによってさしのべられている手を、しっかりと握りしめているのでしょうか。確かにイェスの手を握っている、でも都合が悪くなると時々手を離してしまう、それどころか手を横に振ってイェスを拒否することさえある、そんな白分を見つけてしまうことはないでしょうか。

イエスの手を想像してみてください。祈るために合わせられたイエスの手。幼な了の上に置かれたイエスの手。苦しむ者に「さあ立って歩きなさい」とさしのべられた手。従おうとする者にさしだされた手。パンをさきぶどう酒を注いだイエスの手。十字架に打ちつけられた傷ついた手。

それと同じ手が、今も私たちにさしのべられているのです。

一度握ったなら、二度とその手を離すことがあってはならない、そう思うのです。私たちの手によって、再びイエスを十字架につけるようなことがあってはならない、そう思うのです。

私たちの都合によらず、いつもイエスの手を握っていたい。いつもイエスと手をつないでいたい。そう願うのです。

使徒言行録20:34-35にはこうあります。

「ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の牛活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました」。

佐藤忠良さんの言葉です。「とても貧しい頃、生活を切り詰めて彫刻写真の本を買った。彫刻家にとっては手が命。だから何とかしてその彫刻にさわりたかったので、そこに出ている彫刻をただ見るだけでなく、その写真の裏側まで見た。実際に手でさわることができないので、目でさわった」。

佐藤忠良さんは、「実際に手でさわることができないので、目でさわった」と言います。

私たちは、今イエスを実際にさわることも、イエスの手を握ることもできません。しかし目でさわることはできるのです。聖書の文字をただ読むだけでなく、その行間や裏側や背景まで見る、そこに込められている信仰を見る、イェスの歩みを深く見つめることによって、イエスにふれるのだと思うのです。

また、自分自身の歩みを見つめてみる、与えられている恵みや導きを見る、イエスが私たちに求めていることを見ていく、イェスの福音を引き継いでいく、そのことがイェスと手をつなぐことだと思うのです。

イエスの手をしっかりと握って、同じその手につながる者同志、イエスからいただいているものを伝えるために、私たちの手をさしのべていきたいものです。

「わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです」。そのような手を持ちたいと願います。

説教トップへ